江(ごう) 浅井三姉妹 戦国を生きた姫たち

2011.05.14 Saturday 20:58
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     二年ぶりである。
    やはり誕生日前になると、やりたいことは? などと思いを巡らし、数年前の出発点に戻ったりする。
    今度は、少し、長続きすると良いのだけれど。



                     江(ポプラ社)
                               
                 越水利江子 ポプラ社 201103


     日本人俳優が多く起用されたことが話題になった「ラスト・サムライ」(2003 アメリカ・ニュージーランド・日本合作)はロードショーで見た。全体の印象は可も無く、不可も無く。
     しかし、勝元盛次(渡辺謙)の妹・たか(小雪)が、ネイサン・オールグレン大尉(トム・クルーズ)に好意を寄せる心情を、たかが、大尉に「着物を着付ける」シーンに象徴させたことは、衝撃的で今でもはっきりと心に残っている。脱がすのではなく、着せるという行為で愛を深める。このもどかしく、曖昧で、美しいシーンに象徴された、日本女性の愛の表現とエロチシズムは、日本人の感情と美意識を巧みに捉えていると思ったからだ。
     極めて翻訳的なシーンだとも思う。
     しかし、時として、博物館で、漢字で書かれた学問的な解説よりも、その下の、英語で書かれた説明書きをとつとつと読んだ方が理解できるという経験は、誰にでもあるのではないだろうか。このアプローチは、「腹芸」や「秘めたる」という言葉はおろか、その心情が美しいものだという認識さえ、過去のものとなってしまった現代の日本において、自国の美しき心情表現と再度コンタクトをとり、言葉を再構築していくうえで、確かな手がかりになると思った。

     『江(ごう) 浅井三姉妹 戦国を生きた姫たち』を読んで、ふと、この時に似た感情が湧き上がってくるのを覚えた。
     
     織田信長の妹であるお市の娘、茶々、初、江の三姉妹。豊臣秀吉の養女、そして三代将軍・徳川家光の母になった江の物語である。歴史好きの人でなくても、なんとなく輪郭は知っている。そんな物語だと思う。

     夫・浅井長政を死に追いやった兄・信長と市が、幼き日の二人のの思い出を確認するシーン。
    「そうでございましたでしょうか」
    「そうであったさ・・・・・・」
     立場ある大人として再会せざるをえなかった兄と妹が、抱える、お互いへの思いと、思い出。思い出その時の、背丈の差、大人になった今は、感じもしなくなった年の差まで感じさせる言葉だ。

     そして信長は、本能寺で最後の時を迎える。
    「乱よ、最後のつとめだ、わしの首・・・・・・いや、髪の一本もこの世にのこすな。すべて消し去れ」
     
     再び、庇護者を失った、市と三姉妹。泣く江に、市が言う。
    「兄上に恥じよ」

     柴田勝家の思いと、忠義。

     江から見た大人たちの姿は、それぞれの人生、言葉と思いを抱えながらも、すれ違いざまに肩が触れ合うような短さで言葉を交わす。しかし、そこに、その人の生き方さえ滲む、潔いシーンに仕上がっている。

     秀吉軍に下り、父の敵の前では泣かぬとい言った、茶々が、秀吉の子を、自ら望んで身ごもったことを知らされた衝撃。
     江の驚きは、歴史を知っているはずの読者の胸にさえ、迫ってくるものがある。
     そういう立場であること、生きる意志、少女ではいられなくなった事実。
     歴史的な意味はもちろん、人一人の人生とて、一面的には捉えられない。キーワードのような、言葉と行動が、歴史をかたどり、また歴史が人を奔騰していく。

     ここから、急展開を見せる物語をいちいち論じることはすまい。
     この物語を読んでいると、この時代、江たちが確かに持っていた、強さと美しさは、自分の中にも生きていると感じる。
     この物語は、多くのことを含み、そして、多くのことを語らずに閉じる。
     それが美しく、語られなかった美しき心情は、確かに読者の胸の中にある。
     この風土に生まれ育ったものがもつ美意識は、死語の壁に阻まれてもなお、言葉にならない思いとしてそれぞれの血脈の中で育ち続けているのだと思う。
     のびのびと少女らしく、乱世を駆け抜ける「江」の姿。それは、映像的、翻訳的アプローチで、日常の中で忘れていた、幼い読者たちには、もはやそれを表す言葉さえないであろう、心の中の美意識を探ってくる。

     破顔一笑

     江が、再会を果たした、初恋の人は、手に取るであろう年齢の子ども達には少し難しく、それゆえに印象的な言葉と共に、しっかりとした、その姿、イメージを読者の胸に残して消える。
     この時、歴史は知れば知るほど、道具でしかない女性たちは、自律的物語を失うのではないかと思っていた私の常識は砕け散った。

     ここには、歴史という大きな波に飲まれてもなお、自分だけの物語を抱えた少女の人生がある。
     その姿が、尊くも美しいと感じる読者も、また、自分だけの物語を欲する存在だということだ。

     そして、その共感の中で、なぜ、この物語が、自分の中に、尊く美しく溶けるのか言葉を捜す。
     人と人の距離、その距離の美しさ、途切れた言葉に感じる含み、せつなさ。雄弁な空気。

     この物語は、今年、大河ドラマの主人公である「江」という少女の、波乱の人生をわかりやすく教えてくれるだけではない。自分の美意識に繋がるなにかを、巧みにあぶりだす。

     「かっこいぃなぁ〜」

     まずは、そんなありきたりで陳腐な言葉をつぶやいてみようではないか。
     すべての、大切な何かへのアプローチは、まずは、そこから始まると思うのだ。 
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    2017.07.08 Saturday 20:58
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