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    たまゆら

    2011.09.30 Friday 21:56
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        お気に入りの「知恵袋」がある。
       「知恵袋」とは、ご存知の通り、匿名の質問に匿名で答えるネット上の交流システムだ。
       読書の質問。高校生と自己紹介した人物が、おすすめの本を問うている。
       答えるのもまた、高校生と名乗る人物。その回答がなかなか良いのだ。
       ドストエフスキー、パルザック、夏目漱石などを好きだと列挙し、一番深いのは、聖書や神話の世界だとまで書いている。質問者は、そんな回答を求めていたのだろうかと疑いたくなるが、ベストアンサーに選んでいるくらいだから、質問者の感性にもふれたということだろう。なんだか、二人の高校生が背伸びをしている様子を見せられているようで、微笑ましくなる。しかし、私が気に入っているのは最後の一文だ。
      「青春ものならあさのあつこさんをお勧めします。」
       さっきまで、ギリシャ神話を読めとか、ダンテは自分も手を出してないと書いている同じ流れで、あさのあつこの名前が出てくる。
       なんだか愉快に思った。
       この文面を、斟酌してこそ、高校生という生き物が正確に捉えられるのではないか。そんな気がしてくる。

       この本は、青春小説ではないが、青春ものとあえて呼びたくなるような作品だ。
       青い春。それは、痛々しいほど真摯で抜き身の刃のような人生の一時期である。その時期に出会ってしまった、二組の男女の物語だ。

       「たまゆら」とは、辞書を引くと、「玉響」と書くらしい。「少しの間。ほんのしばらく。」という意味の副詞。玉がゆらぎ触れ合うことのかすかなところから、「しばし」「かすか」の意味に用いられたとのこと。

       人生とは、「たまゆら」神から与えられた無常の一瞬なのか。
       出会いとは、運命とは、扉をノックする「たまゆら」の隙間に訪れ、人の心に永遠に住み着くものなのか。

       物語は、雪深い、人里離れた小屋のような家の中を想像させる場面から始まる。繰り返す言葉。短い文章。それは、降り積もっていく雪のようで、読者は、少しずつ、その家の雰囲気、語る「女」の輪郭、伴侶であろう老人の容姿を拾い集め蓄積していく。
       時代は? 語り手の年齢は? 読者は、ゆらゆらと視線をさまよわせながら、物語に添うことを試みる。
       その家に、来客がある。
       光沢のある上着。明るい灰色と桃色の二色に分かれたきれいなアノラック。
       物語は、そこで初めて色を持つ。遠くはない、距離も時代も近い世界の話なのだと、読者は自分に引き寄せ物語を読み始める。

      「 娘さんの目がわたしを見やった。わたしを見積もっているようにも、途方にくれているようにも、縋っているようにも感じられる。それらの全部が綯い交ぜになっているようにも、わたしの及びもつかない感情がせめぎ合っているようにも感じる。狡猾にも、儚げにも、純粋にも、存外逞しくも感じる。よく、わからない。
       人の目が映し出す人の心は、いつも謎めいている。」

       事情を抱え山を登ろうとする人々。彼らを受け入れて山へと送り出し、万一帰る人がいれば迎え入れる老夫婦。山小屋は人の世と山との境界線上にある臨界点。

       二つの殺人事件が、時代を越えて交錯し、二組の男女、そして彼らに絡む人々の愛と、執着と、心の闇と、純粋さを浮き彫りにしていく。

      「 輪郭のある強い、若い声だった。」

       山から、人の世に戻ってくる意味を、赦しと償いの意味を、救いの意味を、人は問いかけながら、生き続けるものなのかもしれない。

       恋愛小説として捉えるならば、この物語の新しさは、女から見た理解不能の「男という生き物」を描いた点にあるのではないだろうか。
       男が、女が分からないという場合には、その存在自体を指すが、
       女が、男が分からないといった場合には、その「性」のあり方を指す場合が多い。
       殺人という形でしか自己を表現できなかった男たち。そこに広がる闇。
       性的な場面が出てこないわけではない。しかし、この物語は、sexを越えた「男という生き物」の存在を不可思議なものとして捉えている。
       一人は、責任を感じても、罪は彼が背負っているもので自分のものではないという事実を抱きながら生き、一人は、それを越えてなお愛そうとする。

      「 山は人には解せませんからの
       人は決して山をすることができませんで。こういうもんだと、一人勝手に思い込むことしか、できませんでの
       山は深いです。真帆子さん、山てものは人の思い込みなんぞ粉々にするほど、深いもんですけの」

       読み終わった後も、山は読者の胸に残る。山を、人生や男という存在の象徴と捉えてスッキリとするほど単純な物語ではない。
       心の闇と、記憶の闇が交錯する場所。読者もまた彷徨う。人は皆、こういう場所を心のどこかに持ちながら生きているのかもしれない。  


       

                              たまゆら(新潮社)

                    あさのあつこ 新潮社 201105
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