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    64 ロクヨン

    2013.05.04 Saturday 10:03
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                                                 64
                                           横山秀夫 文藝春秋 201210

       7年ぶりの新刊である。
       10年余り前、直木賞を巡るつまらないいざこざで、横山秀夫はベストセラー作家としての最前線を自ら離脱。
       新聞記者出身の作者が、その真価を疑われるような「イチャモン」を直木賞選考の席の話として報道されたことは、プライドを殴りつけられたような憤りを感じたであろうことは、ファンとしても容易に想像がつくわけだが、あえて「つまらないいざこざ」と呼びたい。
       それだけ、待っていたのだ。

       読みながら何度も胸がつまった。
       組織の理屈を通しながら、これだけ組織に生きる人間を、人間らしく格好良く描ける作家がほかにいるだろうか。大組織に絡められた不自由さの中で、記号化していく人生の中で、その与えられた、身の幅三センチしかないかもしれない自由の中で、人はこれほど誠実に、自分らしくあれるのだ。その力強さと誠意が描けるのは横山秀夫しかいまい。
       しかし、10年弱の沈黙が、横山秀夫の描く組織を古臭くしてしまった憾みは拭えない。それは女の扱いである。警察組織は一般企業より遅れているのだといわれれば、門外漢である私は、そうかと頷くしかない。これは、リアリティの問題ではない。女をどう扱うか? それは、今後、男性のための神話のようなハードボイルドにおちいらないためにも、組織を描く作家としての横山秀夫の課題になっていくに違いない。
       広報部のアイドル美雲が、自分の役割を越えて、上司の役にたちたいと切望する成長。そして、自分の穢れなき理想を美雲に背負わせていたことに、三上が上司として自分に課していた枠に気づくシーンは、新しさを感じた。しかし、アイドルと妻(現場にいない元・アイドル)の存在だけでは、所詮女性は組織外の仇花にしかなれないのではないか。
       横山秀夫の描く、組織人として、男より男らしい女に期待したい。
      「この男の下で、もう一度働きたい−。」
       男であるとか、女であるとか、そんな話ではなく、窮屈である組織で働くものは、誰もが、そんな上司と出会い、そんなセリフを心から吐いてみたいのではないだろうか。

       思いもよらなかった、広報官への人事異動。刑事の仕事に誇りを持っていた三上は、忸怩たる思いを抱えていた。腰掛のつもりの広報部。しかし、現場の刑事部からは、キャリアが牛耳る刑務部の「犬」として敬遠され、満足に記者クラブに発表する情報も与えてもらえない。自分がこれまで築いてきたはずに人間関係の危うさに総毛立ちながら、三上は己の良心と向き合う。
       強面の刑事だった、三上が、強面の広報官として、警察の窓たる広報部の長として、真たる報道ではなく戦うことだけが日常だった記者クラブと、横着に自分たちの理論で情報を操作しようとする警察の間にたち、お互いの信頼とプライドに出会い、組織の一員としての役割を果たしながら、理屈を通していく。限られた裁量を機軸に、真実の部下を得るまでの話だ。
       表題の「64」は、D県警でおきた、未解決事件。
       昭和64年・・・昭和天皇崩御により、平成元年と呼ばれるまでの数日に起きた誘拐事件だ。誘拐された子どもは遺体で見つかり、身代金を奪われたまま、犯人は捕まっていない。
       そして、三上は、広報官の仕事として、東京から、64事件を風化させないために長官が来る段取りを任される。被害者の父・雨宮に、長官の焼香をOKさせることと、地元記者たちに長官へのぶら下り取材をつつがなく実行させること。その神経が磨耗するような日常的な作業のなかで、三上は、長官が本当に来る理由はなんのかと疑いたくなるような、見過ごせない違和感に出会うことになる。
       長官が来る意味、本庁の意図はなんのか?
       長官がくる前日に起きた「64」事件を模倣した誘拐事件。
       そして「64」事件の顛末は?
       広報官として今を生きることを決意した、三上が乗り込んだ指揮車。そこで指揮をとる、かつての上司・松岡への未練。部下としてではなく、広報官として、「お供ができる」と言い切れるまでの心の動き。
       そして、同期でもあり、同じ大学の剣道部出身の、陰の人事権者と呼ばれる二渡の存在。
       刑務部のエース・二渡の底を見せぬ闇のなかにふと光る正義。
       そして、三上の自分を追い込むことを承知でみせる怒りと焦りが、組織を好転させていく。
      「現実を受け入れろ。ここは剣道部の部室じゃないんだ」
       二渡のセリフ。補欠だった二渡の暗い目と、大将選にでる腕だった三上との関係は、その頃の関係をお互いに残したまま、今がある。
       陰を歩いてきた男と、陽のあたる道を歩いてきた男。
       陰は陰を極め、陽があたるがゆえの貧乏くじもある。そこには、未来、再びどう転じるかわらない生きている途上の二人の存在がある。
       
       三上の独白は圧巻だった。

       どんな我慢もしてきた。家族のために・・・・・・。
       違う。そうではなかった。家族を弾除けにしてきた。自分が可愛かった。組織で立場が危うくなるたびに、家族に託つけて我慢のカードを切ってきた。わかっていた。家族などなくても生きられるが、組織の中で居場所を失ったら生きていけない。自分はそういう種類の男だと認め、受け入れない限り、死ぬまで己を語る方法を見出せそうになかった。
       気持ちが醜く歪んだ。

       組織があり人がいる。
       やはり、我々は、与えられた組織、その持ち場の中で、職務を全うしながら、自分らしく、自分に恥じない生き方を模索するしかない。
       今を生きるしかないのである。
      category: | by:天晴くん☆comments(0)trackbacks(0)

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