後藤竜二追悼文 2

2014.04.29 Tuesday 12:44
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     「季節風の子」として、この“場”に懸ける思い


     訃報を聞いてから去来する数々の思い出は、どこか後悔ばかりを私の胸にもたらす。果たしえなかった約束と、流れる日常の中で、忘れてしまっていたことへの痛みである。

     中でも、生々しく心に甦るのは、八年くらい前だろうか、『乱世山城国伝』が舞台化されたときの記憶である。

    大阪での舞台、後藤竜二が来るというふれこみ。うきうきと見に行った私は、公演後、出口へ向かう人の波の中で、階下のロビーに後藤竜二の姿を見た。

     顔を知った著名な作家たちと、一目で舞台人とわかる人々。差し出される著作とサインペン。気軽にサインに応じながら、談笑する様子は別世界で、これは近づけないなと思った。

    帰ったら、手紙でも書こう。見に行きましたよって。諦めの気持ちで出口に向かう。

     その時、ふと、空気が動いた。

    「季節風の子が来てくれてます。」

    そう言った後藤竜二の声は、こちらが気恥ずかしくなるほど誇らしげだった。

    「季節風の子が来ているので、話してきます。季節風の子が見に来てくれたんです。」

     周りに高らかに宣言するように言い、後藤竜二は、出口に向かう人々の波に逆らって階段を上がってくる。

    私は、その光景を、他人事のように眺めながら、この人は、こんな華やかな場所よりも、舞台の成功よりも、名も無き「季節風の子」が自分に会いに来たことが、一番嬉しいのだと思った。

     極めて印象的なシーンの後の、極めて不毛な会話まではっきりと甦ってくる。

    「何で、来たの?」

    「・・・・・・電車です。」

    「もう帰るの?」

    「はい」

    「気をつけて」

    「はい」

    「来てくれてありがとう、ね。」

    「はい」

     後藤竜二は、何より「季節風」を優先させ、何より「季節風」を愛した。私は、「季節風の子」として、あの時の、後藤竜二の声と姿を二度と日常に埋没させることはすまいと思う。

     これからも「季節風の子」として、多くの「季節風の子」が集い、作品を鍛えあう“場”を守っていきたい。それが、一番の追悼であり、私に課せられた役割だと信じている。


                   2010年8月14日筆
                   全国児童文学同人誌連絡会「季節風」


    乱世山城国伝

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