後藤竜二追悼文 6

2014.04.29 Tuesday 16:38
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    後藤竜二の作品と生き様  I’m on your side.」


    「ヤッホー! 感想、感激です。

    感想もらって、胸がぐぐっときて、目頭熱くなり、――トシかなー。」

    20081125日火曜日 8:43

    後藤竜二からもらったメールは、そんなふうに始まっていた。

    私は、メールの文字を追いながら、憧れの作家の、気持ちの揺れがライブに伝わってくる感触に戸惑いさえ感じていた。

    前日の夜、私は、当時新刊だった「31組ものがたり」の4巻目『十一月は変身!』について、極めてプライベートな思いを書き連ねたメールを送っていたのだ。

    「私は、エミリ的な子どもだったなぁと思いながら、あんまり冷静に読めませんでした。」

     自分に近いところがあるから、この物語をエミリの物語として読んだ。偏った感想になるのを許してほしいと私はつづっている。

     どうやら、自分の言った言葉や、ちょっとした態度が、自分が感じている以上にクラスで重く扱われてしまうことに気づいたのは、三年生くらいだったと思う。注目され、目立つ生徒だったと言えば聞こえが良いが、本当の友だちとはいえない取り巻きに機嫌を取られながらも、いばっているとか、先生にエコヒイキされているとかいう陰口は、常に囁かれていた。私は孤独だった。そして、それは、エミリの姿に酷似しているように感じたのだ。

    何よりも、クラスで影響力を持ち、正義を意識している聡明なエミリを、ジュン先生が、クラス運営に利用することなく、沈静化へ係わっていく姿が、どんなに難しいことか、身を持って知っていると思った。

    ジュン先生は、エミリを、一人の等身大の生徒として守ったのだ。

    「この物語で、一番救われたのはエミリではないでしょうか?」

    同じように、亜紀美をいじめていたと告白しても、悠の優しさや、人間味と、エミリの「それ」はちょっと違って、エミリは勇気を持って、女王様の位置をおりたのだ。

    だから、【悠くんは、変わってほしくない】

    【ああいうふくざつなやつは、ほっぽらかしとくのが一番】そんな、エミリと悠のお互いに対する思いは、胸が詰まるほど、正しいと思った。

    「ヘタな愛の告白より、ぐっと来ます!」

    伝えずにはいられない感想だった。

    エミリは、はじめ悪役として描かれていたのだそうだ。エミリを人間として描くことに試行錯誤、苦悩の日々があったのだとメールは語っていた。 

    同人誌「季節風」の実作合評会で、後藤竜二は、常に「登場人物に入れ込め」と、アドバイスする。そうすれば物語が動くと言う。何度も聞いた言葉だ。充分に理解しているつもりだった。

    31組ものがたり」という、後藤竜二が、最も得意とするタイプの作品で、苦労のあとなど見えるはずもない。しかし、登場人物に入れ込み、それを具現化する作業が、多くの作品を描き、その多くの作品で社会的評価を得てきた作家が、一読者の、極めてプライベートなメールの感想に、涙するほど真摯なものだということを、まざまざと思い知らされた気がして、胸が熱くなった。

    私にとって、後藤竜二は、中学生のとき『少年たち』を読んで以来の憧れの作家であった。真っ向からぶつかってくるエネルギーは、読書体験というより、事件に近い衝撃だった。後藤竜二に初めて会った時、作品世界に近い風貌に目を見張ったことを憶えている。漠然とではあるが、作品と作家の生き方に、神聖なほど近しいものを読み取ったのだと思う。

    こんなエピソードがある。

     この一年半、後藤竜二は、まさしく生き急ぐように「季節風」で様々な研究会を企画した。季節風誌の編集会議にくっつけて、読書会や幼年作品の勉強会をする。せっかく東京に来たのだから、ゆっくり歌舞伎を見る時間ぐらいほしいですと、冗談っぽく抗議めいたメールを送ったら、次の日の早朝、八時ジャストに、待ち構えたような電話が鳴った。

    「昨日のメールの件だけど。ドライな言い方に聞こえるかもしれないけれど、まず参加者のことを考えてほしい。主催者側にそういう気持ちがあると、参加者に気を遣わせることになる。夕香さんの都合は二の次だ。」

     そういわれてしまえば、返す言葉がない。こちらも少しは本気だったのだけど、不遜な言い方だったかもしれないと反省する。神妙に、返事をしようと息をのんだとたん、からかうような、笑いを含んだ声が聞こえた。

    「このことは、海老蔵を選ぶか、後藤を選ぶかという問題ですから。」

     笑うしかなかった。

    「頼りにしてるんだから、腹をくくってもらわないと。」

     そう言葉は続く。

    瞬間、「1ねん1くみシリーズ」で、くろさわくんが、しらかわ先生に「たよりにしてる」と言われていたなと思い出す。作品と同じことを言うんだなぁと可笑しく思った。

     くろさわくんは、しらかわ先生には弱いのである。こちらも、くろさわくんのように、

    「ふん、おだてにゃ のらないぜ。」

    と、嘯きながら、言うことをきくしかない。

     私も、後藤竜二には弱いのである。  

    私が後藤竜二を見上げる視線の角度は、十代で初めて会ったその日から、何も変わることはなかった。

    思春期の憧れは、真っ直ぐで打算がなく美しいものだと思うが、その反面、相手の才能や振る舞いに、残酷なほど理想である事を求めるものだと思う。そんなこちらの、危ういほど欲深い気持ちを、二十数年に亘り、少しもそらすことなく許容し、憧れさせつづけてくれた奇跡のような存在には感謝するしかない。

    途方のない夢も、甘えた愚痴も、後藤竜二の前では、不思議なくらい、明日の生活に密着した、具体を伴う未来へ変換された。

    I’m on your side.きみの味方だもの

    「明日に架ける橋」の一節が、『少年たち』の中で、くり返しでてくる。

    I’m on your side

    後藤竜二の一生は、その人の味方であるということは、どういうことかということを、問い続けた人生ではなかったろうか? そのひたむきな思いは、後藤竜二が紡ぎだした登場人物へだけでなく、彼を取り巻く人間関係にもむけられていたのだと思う。後藤竜二は、登場人物にも、生身の人間にも、惜しみなく入れ込み、物語を動かした。後藤竜二からもらった物語は、確かに、我々の目の前に続いている。早すぎる訃報を嘆いてばかりはいられない。作品を通して、幸福な出会いを通して、鍛えてもらったはずの体内羅針盤を信じ、我々それぞれが歩き続けるしかないのではないだろうか。今、そんなことを考えている。

                      2010年11月10日筆

                    「子どもの本棚」

      
    少年たち (児童文学創作シリーズ)
                      

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