子どもの顔が見える一冊

2014.08.23 Saturday 10:39
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     私が、子どもの頃、父は、ある種伝説上の生き物だった。起きる前に仕事に出かけていき、眠ってから帰ってくる。気配はあれど、母から口伝えに聞くだけの生き物だ。たまに家にいると、どこか緊張感があって、訳もなく嵩高かったし、長く家にいると「非日常な場所に遊びに行く」という、並外れた楽しいことが起こるわけだが、どうもそういう欲求の薄い子どもだったらしい私には、どこか迷惑な存在だった。

     それは、学校の宿題だった。小学校5年生だったと記憶している。これから習う、国語の教科書の一遍の「主題」を考えてくるようにという宿題で、私は途方に暮れていた。

     外国の青年が、自宅のキッチンに貼られていた絵を思い出し、その絵の色の美しさを語るのだが、妹の記憶と、絵の中の少女のワンピースの色について齟齬がある。実家に戻った時、その絵の上から貼られているクロスを剥がし、兄と妹はどちらが正しいか確認しようとするのだが、それは白黒の絵だったという話である。ラストに語られる、壁の中にかくれている間は、きっと色がついていたという青年の言葉は、当時の私には意味不明であった。

     ぼんやり教科書を眺めていたら、父が仕事から帰ってきた。珍しく、何をやっているのか私に尋ね、教科書を一読した。

    「思い出を大切にしたいってことじゃないかな」

     感傷的な言葉を、子どもの前で口にするのが躊躇われたのか、父は、困ったような恥ずかしいような表情をした。そう父に言われても、私には主題を理解できなかった。

     次の日、その主題を腹話術的に教室で披露して、担任の先生に大絶賛された後ろめたさと、父の印象的な表情、そして、子どもらしい、正解を口にした父への闇雲な尊敬は今も胸を離れない。

     今回、この原稿を書くために調べてみたら、この作品の題名は『壁の中』で佐藤さとるさんの作品であることがわかった。(『佐藤さとる童話集』ハルキ文庫収録)あの時の父の年齢を越え、父を亡くした今、再読すると、物語の主題は痛いほど胸にせまる。そして、この主題を人生経験としても理屈としても理解できなかったあの時の、今という時間しか持たなかった自分を愛おしく、羨ましく思うのである。

     

        彦根児童図書研究グループ 会報 201408

                  

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